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社会企業家、という生き方

※もともとは社内に流したメールの内容なのですが、今後も考える機会がありそうな内容だったのでブログにも。

社会企業家って評価の難しいポジションだな、と思います。
言葉としても(特に日本である程度使われるようになって)新しいので、正確に「これが社会企業家」みたいな像が明確でないことも原因かもしれません。

ビジネスの起業家は、典型的には儲けと自分にどの程度報酬があったかで、その実績を計るのに対し、社会起業家は、社会にどれだけの強い効果を与えたかを成功したかどうかの尺度にしている。

強引な議論かもしれませんが「儲からなくても良いから貢献したい」という時点で存在としてはきわめて不安定、かつ利益の蓄積がないため、インパクトのある事業を実現するのは結局他人の金、ということになってしまわざるを得ないなと思います。

それが本当に社会に貢献する手段なのか、といわれると「?」です。
少なくとも、1ヶ月前はそう思っていました。

インスパイア 成毛さん
「私に言わせれば経済で先行きが見えないから、別の方面に関心が向かっているだけなのだ。」

CA藤田さん
「長く経営者として責任とプレッシャーと闘っている私からすれば、社会起業家はそうしたものから逃げているように見えてしまう。」

ただ、成毛さんはその後自分を振り返り、ブログでこうも述べています。

「どんなやり方でも、どんな目的でも社会貢献をしようとしている人を許容する社会こそが成熟した社会である。そのことを学んだのに、なんてバカなインタビューだったのだろうと反省している。」
http://d.hatena.ne.jp/founder/20091222/1261409440

自分に欠けていたピースを埋めてくれた一文でした。

社会企業家、ジョン・ウッド

ちなみに、社会企業家について考えるきっかけになったのが、ジョン・ウッドという方のエピソード。

あのマイクロソフトで若くして重役まで上りつめたジョンさんは、ネパールで本を手にとって目をキラキラ輝かせる子供を見て、社会企業家としての道を歩みます。

「僕は世界を変えたのだ。少なくとも世界のほんの一部を変えることができた。」

不覚にも泣きそうになってしまいました。
いつの日か、そんな一言を言える働き方ができるよう、2010年はもっと頑張っていかねば!なんて思ったり思わなかったり。

社会企業家という生き方(?)が日本でどう受け入れられていくのかはまだまだ不透明だと思いますが、社会に対して意欲を持って取り組む人達なんだから、当たり前のようにみんなが応援できる(+是非も議論できる)時代が来て欲しいな、って思います。

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった
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