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給与を、「労働の対価」だと勘違いしていてはいけない

大手企業の賃金交渉の時期になりましたが、今年は見事に経営と組合の意見が割れています。

で、今日ここからは個人的な意見です。

給与は「労働の対価」ではない

まずもって、世の中でこの認識があまりないんじゃないか、って思うことが多いです。

給与は価値の対価であって、労働の対価ではありません。

なので、いくら社員が働こうが、利益が落ちているのに給与が上がるわけがないんですが。
小さな企業でも何でもいいから、「経営者」あるいは「利益に責任を持つ人」になってみれば痛いほどわかると思います。

そもそも企業の社会的意義は、利益を創出して税金を収めて国に貢献する(ちょっと乱暴なまとめ方ですが・汗)ことなわけで、利益ベースで社員の給与があがったり下がったりしても別に何も不思議ではないわけで。

本当に給与を上げろ、というのなら一人の労働者として(こんな時期でも)圧倒的な利益創出行為を行っているという何らかの証明がないと、と思います。

経営を少しでもかじってる身からすれば、「働いていたら給与が上がる」って、なんてお気楽な身分なんだって思います。

一律の賃上げは、経済が成長している前提でしか成り立たない

日産の常務の方が仰っているこの言葉が尤も的確かと。

今はベースアップどころか、会社をどうやって維持するかが課題となっている緊急時だ。

物価高を考慮し、生活水準を維持するという労組の言い分は理解できるが、状況の認識が違う。

基本的なところが乖離している。

会社が存続しなければ賃上げしても意味がない。雇用の前提として会社がある。

売り上げが何10%というレベルで落ちこんでいるというのは、経営から見たらもう戦争レベルの話だと思います。

もちろん社員には社員の生活があるわけですが、役員は普通に報酬・賞与カットをしているわけで。

※ちなみに、役員は年収が高いから大丈夫なんだよって意見もありますが、個人的経験から言うと一定以上の規模の企業の役員の方は例外なく何かしらやっぱり凄いものです。
彼らが年収2000万とか3000万とか貰うことに対して、個人的にはですが、なんら違和感はありません。
(5億って言われると「??」となるかもしれませんが・・・)

不況だからこそ磨かれる、不況だからこそ考えられる

でも、不況だからこそみんな必死になるし、成長できるなぁとも思うわけで。

徹底したコストカットなんかは、どんどん利益が出続ける時期にはできないことですしね。

また、不況に強いビジネスを展開する企業も出てくるはずです。
広告も価格崩壊していて、安価にプロモーションをかけ易い状況も一方では生まれています。

個人的には来年にはまた新規事業とかを始めて、景気が上向いたタイミングで一気に・・・なんてことを狙ってます。
不況をチャンスとして生かせる人でありたいな、やっぱり。

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